2011年11月24日 (木)

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   妻の納骨・その後の日々                        2011/11/24
   最愛の妻死す                                 2011/11/1
   アクアスロンin東京サマーランド                   2011/10/4
   秋の畑の準備開始                            2011/9/1
       ツーリング北海道(2011年)&ねぶた祭                              2011/8/17
   「合唱・合同演奏会」成功裏に終わる                2011/7/4
   同期会旅行-四万温泉                         2011/6/13
   サイクリング-檜原・神戸岩                                                2011/6/3
       サイクリング-温泉No.22・東尾垂の湯/藤野                      2011/5/19
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妻の納骨・その後の日々

妻が逝ってから既に50日経ってしまったが、11月20日(日)に「七七忌(四十九日)の法要(納骨)」を八王子の犬目にある「帝釈天明観寺・むさしの霊園」で営んだ。
当日は幸い前日の冷たい雨から嘘のように晴れて暖かな好天に恵まれ、明るい日差しの元で妻のお骨を小笠原家の先祖と一緒に納めることが出来た。
妻の友人達からも「良い天気に恵まれたのも故人の人柄がそうさせたんですね」というメールを見ると、私自身納得すると同時に何故か涙してしまう。
私自身はあまり信心深い訳ではないが、仏教上の決め事として「極楽浄土」へ送り出す区切りのこの納骨の行事を堺に、気持ちの上でも「本当にいなくなった」ことを実感してしまうことになった。
また、テレビドラマで悲しい場面を見たりしていると今迄より直ぐに涙が込み上げてくるのだが、自分ではどうしようもない感情なので暫くはこんな状態が続いてしまうのかも知れない。
今も家の中は殆ど妻が逝った時のままの状態になっているが、整理をすることで寂しさが余計に感じられるようになりそうなので、暫くはこのまま妻と暮らした時のままの状態にしておこうと思っている。
今はただ天国から見ている妻に呆れられないように、妻が一生懸命やっていた掃除・洗濯を怠らず、それに加えて料理作りに頑張る毎日を過ごしている

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2011年11月 1日 (火)

最愛の妻死す

2011年10月5日(水)私の人生で最も辛くて悲しい日となってしまった。
それは最愛の妻が突然逝去してしまったからだ。
その日の1週間ほど前から風邪で体調を崩し、2日ほどたってから食事が出来ず吐いてしまう日が3日ほど続き、近くのクリニックから東京西徳洲会病院を紹介されて緊急外来として診察したが、特別な病気はないとの診断を受け点滴などの処置をした。
その後2日ほど経った10月4日(火)、ようやく状態が良くなって自らうどんを食べられる状態になり、このまま良くなっていくと思っていたし、妻自身もそう思っていて何人かに回復した旨のメールを打っていた。
その夜、妻は21時半ころ1階で就寝、2時間ほどして私は2階に寝に行ったのだが、夜中(5日)の2時頃息子に「お母さんが変だ」と起こされた。
1階に下りて妻にいくら呼びかけてもただ喘ぐような呼吸をするばかりで全く応答がない。
直ぐに救急車を呼び青梅総合病院に着いたのは3時近くだった。
救急センターで小1時間ほど待って医師から呼ばれた。
そこでCT画像を見ながら聞かされたのは、想像だにしなかった脳幹付近からかなりの出血がある最悪のレベルの「くも膜下出血」と聞かされ、更にこの状態は手術が出来ないレベルで、2~3週間くらいで殆どの人が亡くなっている状態との診断結果を聞かされた。この状態(回復の見込みが殆ど無い)で延命処置をするかどうかの決断を迫られ、結局「延命処置をしない」決断をした。前々から妻も望んでいたことと、子供や妻の兄弟も同じ考え方からこの選択をした。
この決断をしたことにより、妻は「ICU」ではなく「個室」に移り呼吸の状態などの様態の回復の可能性を見ることになった。
直ぐに妻の親友やごく近しい人に状況を連絡し、駆けつけてくれて応答のない千代子と対面してくれた。このときは呼吸も静かで数日はこの状態が続くと信じていた。この状態が何時まで続くか分からないので、子供達は一旦引き揚げることにしたのだが、その後わずか4時間程で急に呼吸数が低下し始め、そのまま徐々に低下しやがてゼロになってしまい、その後10分くらい経ってからだろうか「心拍数」も下がり始めて「命のともしび」が消えていった5日14時22分・妻千代子と永遠の別れとなってしまった。妻の異常に気がついてから僅か12時間という短い時間だった。
結婚して39年間私を幸せにしてくれた妻に感謝し、過ぎ去った日々の思い出に浸る日が続いている。

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2011年10月 4日 (火)

アクアスロンin東京サマーランド

10月1日(土)にサマーランドで開催された「アクアスロン大会」に、あきる野市が後援している関係から運営協力する体育協会の理事として、運営スタッフの一員となり朝7時に集合して14時まで大会の裏方を務めてきた。
サマーランドが10月1日から屋外プールの一般公開が無くなるので、その機会を利用しての大会開催にこぎつけたもののようだ。
今回が第1回の開催となり、主催者側では出来れば今後も継続して開催したいというのが意向のようなので、来年からも運営協力のボランティアが必要となりそうだ。
この「アクアスロン」という競技は、トライアスロンから自転車を除いた競技で、コース選びがトライアスロンほど難しくないというのがメリットの競技のようで、インターネットで確認すると結構あちこちで開催されている競技だ。
大会は、「①小学生低学年」「②小学生高学年」「③一般ショート」「④一般リレー」「⑤一般スタンダード」の5カテゴリーで開催された。一般のスタンダードが”SWIM:1500m・RUN:10km”で、ショートが”SWIM:400m・RUN:5km”の距離になる。
参加者は全体で当初見込みより若干少ない170名程だった。
今回は初回ということで必ずしもスムーズと言えない面もあったが、参加者が若干少ないこともあって比較的うまく運営出来たように思う。
大会は当初の雨予想から変わって好天に恵まれ、大きなケガ人もなく予定より若干遅れて14時に成功裏に終了した。

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2011年8月31日 (水)

秋の畑の準備開始

今年は早めに秋の畑の準備を開始した。
8月26日に今迄放っておいたの畝の開墾をして、苦土石灰を撒き鶏糞を均等に撒いて簡単に土作りをした。
そのうえで、8月29日に「キャベツの苗」を8本植えたあと、30日に「のらぼう菜の種」を四畝に直蒔きした。今迄は一旦ポットで苗を作ってから畑に植えていたのだが、今年の春は生育が遅くて大きく生育するのが3月後半になったので、今回は早く生育させることが目的で直撒きにしてみた。来春どうなるかは?だが兎に角やってみることにしたもの。
このあと3~4日間は台風の影響で雨が続く予報でなの乾燥しないと思われる。種植えには丁度良い気候になりそうなので台風の前に何とか種植えを終わらせた。
台風が去った後の9月には大根小松菜ほうれん草チンゲン菜などの秋収穫の通常の野菜も種を蒔く予定だ。

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2011年8月17日 (水)

ツーリング北海道(2011年)&ねぶた祭

7月22日~8月7日に毎年恒例となった「北海道ツーリング」に行って来た。701
今年が例年と異なるのは、北海道帰りに初めて「青森ねぶた」(写真1)「五所川原立ちねぶた」を見て来たことだった。
7月22日に昨年同様に新潟の「福島潟キャンプ場」に泊り、翌朝新潟港から小樽港へ向かった。今年は良い天気に恵まれ新潟でカッパ無しでフェリーに乗ることができたのだが、その代わりに小出から山古志付近で小雨模様となりカッパを着ることにはなったのだが。

24日早朝に小樽港に着き、快晴の天気に恵まれたなか、未走行道路を走るため「海岸→内陸→海岸→内陸→海岸」と稚内までジグザグなルートで行き、そこから富良野付近を除いた道内全域を殆ど回ってきた。途中、レッドバロン苫小牧で前後のタイヤ交換をして函館方面に向かい、8月5日深夜2時に函館からフェリーで青森へ向かって早朝6時頃に青森フェリーターミナルに到着し、そこからわずか100mくらいの場所にある「特設テントサイト」に落ち着いた。
今回の北海道ツーリングは未走行の道路を選びながらのルートでかなり無駄の多いルートになったが、その代わりに未走行道路が殆ど無くなってきた。

「ねぶた見物」は、北海道ツーリングの最後に青森地方の天気を確認し「ずっと良い予報」だったので、絶好の機会と思って見に行くことにしたものだった。
681 当初は津軽の「金木キャンプ場」に泊まる予定だったが、函館のフェリーターミナルで「青森のねぶた案内」のパンフレットを見ていたら、たまたまフェリーターミナル脇に「特設サマーキャンプサイト」(写真2)があることを知りここを利用したものだ。
このテントサイトは毎年ねぶた期間中開設されるサイトのようで、日本各地から「ハネト」としての祭参加を目的に300人ほどが集結する場所となっているようだ。
私は初めてなので「ハネト」には加わらず、純粋に「青森ねぶた」「五所川原立ちねぶた」見物をしたもの。ただし、ねぶた見物は夜なので1人ということもあって昼間の時間は暑さもあって弄びぎみになっていたが。
夜の「ねぶた祭会場」へは約3.5kmを45分程で歩いて行き、2時間ほど前から適当な場所取りの準備をして見物した。祭はかなりの迫力があり一見の価値のある祭だった。
ねぶた終了後に歩いてテントサイトに戻ったのは22時過ぎで、周囲ではそれから大宴会となって寝付けない夜になったが。
翌日は午前中に「油川の天然温泉」に入ってから、「五所川原立ちねぶた」を見に13時過ぎにバイクで出掛け、14時頃に五所川原市役所の無料駐車場にバイクを置き、「立佞武多会館」で実際に立ちねぶたを見学、その後展望ラウンジで1時間半ほど時間を潰し会場へ出掛け場所とりをした。
73_2  会場では、たまたま津軽の人と懇意になり、サイダーや焼き鳥までご馳走になってしまった。1人で出掛けているのでこんな厚意が大変有り難い。このご家族は毎年同じ場所に見物に来ているとのことなので、出来れば来年も来てお礼を言いたい感じがするほどだが。
五所川原ののねぶたは青森とは異なり「高さを誇示」するねぶたで(写真3)最も高いもので22m(7回建てのビル相当)ほどの高さがある勇壮なねぶただ。見に来て良かったというのが実感ではある。

翌朝、5時半にテントサイトを出発した。途中で最低一泊はするつもりで出発したのだが、日本海側の走行は2回目なので全く観光無しで走ったことと、日曜日ということもあって宿泊想定場所に昼過ぎに着いてしまった。テントの設営と撤収の手間を考えて泊まらずに一気に家まで帰る決心をしてそのまま走ることにした。
往きににテントを張った新潟の「福島潟」近くを16時くらいに通過したので、到着見込みは24時過ぎくらいの見込みになり家へ連絡した。
その後、南魚沼付近から黒雲が立ちこめにわか雨も降り出し、三国峠は夜間の雨とガスの中での走行となったが概ね順調に走ることが出来た。関東地方もにわか雨が降ったようで結局家までカッパを着たままでの走行になったが、予想より若干早い23時半に無事我が家に到着した。結局青森から自宅まで下道840kmを約18時間走りっ放しで帰って来てしまった。

全写真ここまたは左側サイドバーのフォトアルバム「ツーリング北海道(2011年)&ねぶた祭」をクリックしてご覧ください。
(サムネイルの写真をクリックすると拡大写真と説明を見ることができます。)

【宿泊地】
新潟福島潟・キャンプ場-フェリー(新潟-小樽)-稚内ノシャップ岬漁師の店比布・ぶんぶんハウス-鶴居・キャンプ場-根室インディアンサマーカンパニー網走呼人浦・キャンプ場-屈斜路湖和琴湖畔キャンプ場帯広大正・カニの家-支笏湖・樽前荘(2泊)-洞爺湖温泉大和旅館函館・ウィロビー-フェリー(函館-青森)-青森特設サマーキャンプ場(2泊)
                                                                      (太字アンダーラインは写真あり)
【温泉】
①稚内・童夢温泉、 ②豊富温泉ふれあいセンター、 ③羅臼・熊ノ湯(無料露天風呂)、 ④屈斜路湖・和琴温泉(無料露天風呂)、 ⑤然別・鹿の湯(無料露天風呂)、 ⑥洞爺湖温泉、 ⑦恵山・水無海浜温泉(無料露天風呂)、 ⑧函館・七重浜温泉スパビーチ、 ⑨青森油川・湯ったら温泉

                                                                      (太字アンダーラインは写真あり)
【北海道のグルメ食事】

ウニ丼(ノシャップ岬・漁師の店)、 はまとん定食(クッチャロ湖・ウィング)、 サンマ丼&花咲カニ鉄砲汁(納沙布岬・鈴木食堂)、 茹で花咲カニ(根室・インディアンサマーカンパニー)、地鶏親子丼(羅臼・道の駅)、 ジンギスカン(支笏湖・樽前荘)、 ウニ丼(余市・柿崎食堂)、 マルトマ丼(苫小牧港・マルトマ食堂)、 朝イカ刺し定食(江差・江差家)、 刺身定食(函館・いかいか亭)、 いくら丼(函館・朝市食堂)、 鹿部定食(鹿部・カールス君)
                               (太字アンダーラインは写真あり)
【今回の新SPOT&イベント】

雄冬岬・白銀の滝北竜・ひまわりの里北海道命名の地稚内公園 稚内・大沼、 兜沼、 豊富温泉・ふれあいセンター岩尾内湖オホーツクラベンダー園ふるさと銀河線りくべつ鉄道塘路湖標津・サーモン科学館、 開成峠、 津別峠展望所然別露天風呂・鹿の湯、 平取・義経峠、 岩内・パノラマライン、 キロロリゾート、 苫小牧・マルトマ食堂洞爺湖温泉・盆踊り花火江差・開陽丸函館・港祭パレード函館・トラピスチヌ修道院青森・ねぶた祭五所川原・ねぶた祭立佞武多会館
                                                                       (太字アンダーラインは写真あり)

詳細行程「hokkaido2011.xls」 をダウンロード
詳細日記帳「diary_hokkaido2011.doc」 をダウンロード

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2011年7月 4日 (月)

「合唱・合同演奏会」成功裏に終わる

7月3日(土)、キララホールに於いて「女性合唱団コーロエレガンテ」と所属する「混声合唱団AMC」川村敬一先生に指導して戴いている2団の合同演奏会が無事終了した。
Aishouka この日は天候にも恵まれ満員に近い多くのお客様に来て戴き盛大な演奏会になった。
開場前から長い列が出来て受付もてんやわんやだったようで、開演を10分遅らせざるを得ない嬉しい状態になったが。
演奏会は4ステージ構成、①「愛唱歌:AMC」(写真右)、②オペラ:合同」、③「三つの聖歌:コーロエレガンテ」、④「グローリア:合同+特別参加」(写真左)とバラエティーに富んだ内容で、観客の皆さんも大いに楽しんで戴けたようだった。
Gloria 特に今回は、プロの2人のソリスト(ソプラノ・アルト)と器楽演奏者6人(弦楽四重奏・オーボエ・トランペット)が加わって本格的な合唱で、グローリアとオペラはその方達の素晴らしい声と演奏を十二分に堪能して戴くことが出来、市民合唱団としてはなかなか聞くことが出来ないような発表会になったものと自負している。
我々合唱団としても日頃の練習の成果をかなり出せたのではないかと思っているが。
終了後、鳴り止まない程沢山のアンコールの拍手を戴き、AmazingGraceと乾杯の歌の2曲を歌い大いに盛り上がっての閉幕となり、お客様から期待以上の賛辞を戴くことが出来たのが何より嬉しいことで2年近くに亘っての苦労が報われた感じがしたが、この思いは他の人も同じ思いだったに違いない。
演奏会終了後はルピアで全出演者約50名で盛大な打上を行い、皆で喜びを分かち合いながら楽しい一時を過ごした。プロの出演者の方達も参加して貰い、その方達からも外交辞令もあるがかなり良い感想を戴くことが出来、関係者一同喜びもひとしおの感がある。
私は打上の主担当だったので、お客様に挨拶する時間もとれず演奏会終了後着替えて即準備にとりかかり、閉会・撤収までの裏方を担当したが、料理などの評判も良く出席した皆さんに満足して貰えたようで、安堵すると同時に気を良くして家路に着くことが出来た。

  【プログラム構成】
    第1部  愛唱歌          AMC(混声合唱団)
    第2部  オペラ           合同
    第3部  三つの聖歌        コーロエレガンテ(女性合唱団)
    第4部  グローリア        合同+特別会員

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2011年6月10日 (金)

同期会旅行-四万温泉

6月7日~8日、同期会旅行として1泊2日で四万温泉に出掛けた。
今回は私が幹事なのだが、腰膝の具合が良くないメンバーが二人出たため1泊の自家用車利用での近場温泉旅行となった。Cimg0011_3
宿泊はテレビの「クルコサミンのCM」でお馴染みの女将(写真右) がいる「やまぐち館」にした。
初日は、昼食で「水沢うどん」を食べた後、榛名山のロープウェイで山頂に登り、榛名湖でボートに乗ったあと高峰三枝子の「湖畔の宿」の記念モニュメントを見物して四万温泉に向かった。
後で分かったことだがボートを一生懸命漕いだためお尻の皮膚が剥けて2~3日痛かったアクシデントに見舞われた。
やまぐち館では夕食後に名物女将の「紙芝居」「アトラクションの司会」「美空ひばりの歌」となかなかの芸人ぶりで、この女将でもっている旅館という印象があった。
Dscf2394_2  二日目は、朝に四万温泉街を見物・ここで元禄時代に建てられた「積善館本館」の建物も見たあと、奥四万の重要文化財の日向見薬師堂を見てから四万ダムへ行き、コバルトブルーの奥四万湖(写真左)を一周し中之条から大道峠経由でみなかみの「たくみの里」で昼食、1時間ほどたくみの里を見学し月夜野ビードロパークに寄ってから帰路に着いた。
梅雨の真っ最中だったが幸い二日とも好天に恵まれた楽しい温泉旅行になった。

【コース】
河辺-青梅IC-渋川伊香保IC-水沢-榛名湖-中之条-四万温泉・やまぐち館
やまぐち館四万温泉街日向見薬師堂四万ダム-奥四万湖一周-中之条-富沢家住宅-大道峠-たくみの里-月夜野・ビードロパーク-月夜野IC-青梅IC-河辺

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2011年6月 4日 (土)

サイクリング-檜原・神戸岩

Photo_6 6月3日、久し振りに晴れの暖かい日に恵まれたので半日だけ出かけて来た。午後は畑に出向くので近場の「檜原村・神戸岩」にした。
五日市の裏道の林道「星竹線」を通り、十里木からは「檜原街道」で本宿へ行き右折して神戸岩に向かい、出発してから1時間半ほどで神戸岩付近(写真右)に到着した。平日の午前中なので観光客の姿は無かった。
神戸岩と観光ハウス付近(写真左)Photo_5 で写真を撮って引き返し、佛沢の滝入口の手作り檜原豆腐「ちとせ屋」で木綿と絹ごし豆腐を一丁づつ買って帰った。帰りは檜原街道で五日市に戻り、右折して秋川を渡って対岸に出て小峯から五日市トンネルを通って山田から秋川沿いにサマーランド横を走って家には12時少し過ぎに帰ってきた。  (走行距離…55km)

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2011年5月19日 (木)

サイクリング-温泉No.22・東尾垂の湯/藤野(神奈川県)

Photo 爽やかな日差しと新緑がまばゆいばかりの5月18日(水)、自転車で藤野町(相模原市)の山あいにある源泉掛け流し天然温泉のふじの温泉「東尾垂の湯」(写真右)に出掛けた。
8時過ぎに家を出て、往きは坂道を避け城山から津久井湖を通り阿津から相模川を渡り千木良に出て国道20号を走り、相模湖インター近くで再び川を渡って対岸沿いに藤野の日蓮に出てから牧野に向かい、山中の温泉には10時40分に到着した。
Photo_2 この温泉は、脇にある山の中の病院とは思えない5階建ての大きな「ふじの温泉病院」(写真左)のために造られた温泉のようだ。
周りが石造りの露天風呂は備えてはいるが、内湯のカランが「12ヶ所」と少なく小じんまりとした町の温泉という雰囲気ではあったが、食事処&休憩所のスペースは病院との関係からか結構広く造られていてのんびり出来る感じだった。
お昼に定食の「東尾垂旬ごはん」と飲み物で喉を潤し、再び温泉に入った後12時40分に帰路に着いた。
帰りのコースは国道20号の「大垂水峠」のルートだったが、この日は湿度も低く爽やかで比較的楽な感じだった。途中で裏高尾/摺差の手作りの「峰尾豆腐店」へわざわざ寄って知人へのお土産と自分の家へ豆腐を買って帰り、14時45分に家へ着いた。

【コース】
自宅-雨間-戸吹-四谷-高尾-城山-津久井湖-阿津-千木良-相模湖-日蓮-牧野-東尾垂の湯-牧野-日蓮-相模湖-千木良-大垂水峠-高尾山口-裏高尾(峰尾豆腐店)-高尾-四谷-戸吹-雨間-自宅
 
                                                      (往復走行距離:88km、所要時間:6.5時間)

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2011年4月12日 (火)

桜’2011-桜巡り・北多摩の桜スポット

1_negawaryokudo 4月11日(月)、毎年恒例の「北多摩の桜スポット巡りサイクリング」にテニス仲間のOEさん・初サイクリング参加のTさん夫妻との4人で出掛けた。
早めの8時15分に福生南公園に集合、コースは例年通り多摩川沿いから立川の根川緑道(写真1)を皮切りに、国立・府中・小金井/調布から多摩湖を回るルートで7時間ほどのお花見サイクリングを満喫した。
今年は3月末の寒さで例年より1週間ほど遅い日にちになったが、どこのスポットも満開で見事な桜を鑑賞することが出来た。
4_nogawakouen 特にこの日は暖かな日差しに恵まれ、調布から小金井にかけての野川沿いの桜(写真2)をのんびり楽しみながらペダルを漕いで小金井公園(写真3)に向かい、ここで手に届く間近の満開の花の下で若干の飲み物をプラスして花を肴に美味しい昼食をとった。5_koganeikouen
その後多摩湖サイクリングロードの桜のトンネルを15kmほど走り、真新しい堰から狭山公園の桜と多摩湖を眺めて帰路に着いた。
あきる野には15時過ぎに戻ったが、真っ黒な雨雲がにわかに垂れ込め雷も鳴っていたので、福生南田園の桜を少し眺め納めして家路へ急いだ。雨は家に着くやいなや降り出したので幸い濡れずに済んだのはラッキーだった。

【コース】 緑色は桜スポット
睦橋-福生・南公園-立川・根川緑道-国立・さくら通り大学通り府中の森公園多磨霊園武蔵野公園野川公園小金井公園多摩湖サイクリングロード-多摩湖・狭山公園玉川上水-福生・南田園堤-睦橋   
                               
(走行距離:64km・所要:7時間)

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2011年3月31日 (木)

梅’2011-サイクリング・吉野梅郷

Baigou20111_3 3月30日、やっと暖かな春の陽気になったので、気分転換も兼ねて東日本大震災とその後の寒さ続きで行く機会がなかった「梅鑑賞」吉野梅郷の「梅の公園」へロードサイクルで出掛けた。
東京の桜の開花情報が出された後になったが、インターネットでまだ見頃なのを確認して出掛けたもので、やはりこのところの低温で花が長持ちしたのかほぼ満開に近い状態の色とりどりの梅」を見ることができた。Baigou20112_2
既に「梅祭り」も終わっていて入場無料で梅の公園に入ることができ、人も少なく梅の鑑賞には好都合で遅い時期に行ったのが却ってラッキーだった感じだった。帰りに吉川英治ゆかりの「紅梅苑」で梅大福をお土産に買い、家には正午頃に戻った。
                     
(所要時間約2時間半・往復計35km)

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2011年2月25日 (金)

サイクリング-温泉No.21・満願の湯/皆野町(埼玉県)

2月25日(金)、5月連休頃の陽気という天気予報を聞き、家にいるのはもったいないので日帰り温泉に行くことにした。
何処方面にするか悩んだが、結局秩父市から北へ10km以上も遠い奥長瀞渓谷(皆野町)にある秩父温泉「満願の湯」に行くこShomarutunnel_2 とにした。
家を8時半に出発、飯能から正丸トンネルを通って秩父へ抜けたのだが、正丸トンネル(写真1) は車道が狭いうえに歩道も極端に狭く自転車が通行するようなトンネルでは無かったやむなく最初は歩道を通ったのだが、横を大型ダンプがビュンビュン走っていて風圧でヨロヨロするし、歩道の所々はぬかったり氷が残ったりしてまともに走るのが難しい感じで、また止まると転倒して車道に倒れ一巻の終わりになりそうな気がして、必死に怖々と止まらずに半分の避難帯まで行き、そこからは車道に降りて全速で走行した。幸い出口まで車が来なかったので怖い思いをしながらどうにか無事にトンネルを通過することが出来たのだが。自転車が通ることなど全く考えていないトンネルとしか言いようがなく憤懣やるかたない感じだった。
Mangan_no_yu1 正丸トンネルを抜けて雪が残る横瀬川を横に見ながら芦ヶ久保の「道の駅」で休憩、秩父の街をを通り抜けて皆野町で地元の人に場所を聞き、「満願の湯」には12時丁度に到着した。思っていたより遠かったため時間も想定より30分以上も余分にかかってしまった。
Mangan_no_yu2_2 温泉は皆野の町から4km程山間を上った奥長瀞渓谷沿いにあって、日野沢川を渡った川向こうにある施設(写真2)で、入り口まわりの造りは結構良い雰囲気だった。(写真3)
内部は全体的にはいかにも町営温泉という感じではあったが、露天風呂は温泉旅館風で、目の前が日野沢川の渓谷で滝がすぐ前に見える(写真4)なかなか良い雰囲気の露天風呂だった。
Mangan_no_yu3 食事処で日替わり定食と飲み物で十分満足し13時半に温泉を出発、帰りは二度と通りたくない正丸トンネルを避けて、手前から「山伏峠」へ上って名栗に出てて成木への峠の登りは避けて入間川沿いに飯能へ向かった。山伏峠の登りと遠回りをしたため往きよりも30分ほど余分に時間がかかり、家に着いたのは17時半頃となった。

【コース】
睦橋-箱根ヶ崎-金子-飯能-吾野-正丸トンネル-芦ヶ久保-横瀬-秩父-皆野-奥長瀞・満願の湯-皆野-秩父-横瀬-芦ヶ久保-山伏峠-名栗-飯能-金子-箱根ヶ崎-睦橋   
(往復走行距離…144km、総所要時間…9時間)

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2011年2月22日 (火)

第45回青梅マラソン終わる(28年目)

2月20日(日)、恒例の青梅マラソンに出場した。(写真右)Oumeno2428
ポカポカ陽気の予報に反して2月らしい肌寒い気候の中、今年で28年目を迎える青梅路・10kmを多くのランナーと共に完走した。
タイムは昨年より約1分遅い「57分6秒」順位は60才台の「310位」だった。走る練習を全くしなかったのでやむを得ないタイムなのだが、来年は必ず走る練習をしなければと思わされる結果といえる。
谷川真理が10kmに出場。スタート台に立ち最後尾からスタートし、4km地点で「谷川真理です」と言いながらかなり早いスピードで私たちを抜いて行った。
Kansoushou_2 今年は午後用事があったため走った後恒例の友人宅での飲み食いを初めてやらずに、下は着替えないまま自転車でトンボ帰りで自宅に戻った。
写真左、完走賞のストラップ&ゴール後に配られる秋田こまちのおにぎりとスポーツドリンク)

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2011年2月15日 (火)

久々の積雪

Dscf2222 2月15日(火)朝、前日夕方から雪が降り出し大雪警報も出てかなり積もりそうな感じだったので、、雪景色を眺めるため早起きし久しぶりに積もった多摩川堤防付近の雪景色を眺めて来た。(写真右)
夜中に雨が降ったらしく雪は水を含んでいて綺麗なふんわりした雪景色とはいかなかったが、家の周りも3年ぶりに5~6cmくらいの積雪になっていた。(写真左)Dscf2232
幸い朝の気温が高かったので水を含んだ雪が凍ってガリガリになるようなことは無く、朝の通勤にも大きな支障は無かったようだった。
いつものように家の前の雪かきをして朝から汗を流す一日となったが、日中は暖かい陽気になって道路の雪は夕方にはかなり融けていた。

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